腐れワナビの公募メモと戯言

相崎壁際名義で新人賞に投稿しているワナビのブログ。応募するのは基本的にライトノベル系。

東京の国立新美術館で見つかったアート(?)が面白い

スレがまとめられてた

mylife.2chblog.jp

これね。

まーこのまとめも以下の内容も、全部ネットに書かれてたことだし真偽は微妙。

大きなニュースにもなってないっぽいし、冗談と思って読んでほしい。

 

東京の国立新美術館のトイレに、こんなキャプションが貼られてたらしい。

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赤枠で囲ったところを拡大すると……

 

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この紙。

だいぶボケてて見づらいんだけど、上部に「武藤 R」、その下に「アメリカ合衆国、1991」「ホット、2017」「ミクストメディア」「作家による寄贈、2017」とある。

紙の下半分はそれの英語対訳(対訳ってほどのものでもないけど)。

どうやら手書きっぽい。

 

 スレ主は国立新美術館のトイレで用を足した後、その用を足したトイレの横にこんな紙が貼ってあるのを見つけたらしい。

「ふーすっきりした……ん、なんやこれ……え?このトイレ、ひょっとして芸術作品なんか?」

みたいな感じだったんかな。どっちにしろびっくりするのは間違いない。

写真を撮った後は「美術品に用を足してしまったのかも」という罪悪感から、そそくさと立ち去ってしまったそう。

 

スレの中で「これ、デュシャンの『』のオマージュだね」という意見があった。

デュシャンの「泉」っていうのはこれ。

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どっかで見かけた覚えのある人も多いんじゃないだろうか。

フランス生まれで後にアメリカに帰化したマルセル・デュシャンという芸術家が、便器を横倒しにしてサインをし、「泉」と名づけて美術品とした作品。

デュシャンはこれを展覧会に出品しようとしたんだけど、主催者側が受け入れずに出品されることはなく、そのまま行方不明になってしまったらしい。

それにしてもトイレを横倒しにして「芸術作品です!」って言い張るってすごい話だ……。

 

今回トイレに貼ってあったキャプションは、この「泉」を想起させるコンセプチュアルアートだったんじゃないか、という話。

確かにこのキャプションからデュシャンの「泉」を連想するのは容易い。

作者の「R. MUTO」は「泉」に施されたサインの「R. MUTT」の駄洒落。

デュシャンの偽名が「リチャード・マット」)

しかも「泉」という作品が制作(?)されたのが1917年、2017年で丁度100周年。

作者はこれも計算づくだったようだ。

しかもデュシャンの「泉」とは違って、今度は実際に一般客が利用するトイレを作品に仕立て上げている。

これもタギングっぽい今回の手法ならではなんだけど、かなりレベルが高い気がする……。

 

そもそも、デュシャンが「泉」を制作した動機が、既存の「芸術とは何か」という観念に一石を投じることにあったという説がある。

ただの既製品でも、サインを入れてキャプションを付ければ人はそれを芸術品として扱うだろう、ということだ。

当時は「泉」が展示されることはなかったものの、デュシャンがすぐさま抗議文を発表したことからこの「泉」の存在は話題になった。

結果、「泉」に答えるかたちのアートがいくつも制作され続けることになり、後のコンセプチュアル・アートに繋がっていく(ここんところの理解が曖昧なので間違ってるかも)。

 

今回、普通のトイレの横にキャプションを貼っただけで、スレ主は「このトイレは芸術品だったんだ」と思って写真を撮ってスレも立てた。

スレでも同様に「この芸術は『泉』のオマージュだ」「バンクシーっぽい」「価値あるんじゃないだろうか」と議論されて、芸術品としての扱いを受けている。

結局、この「泉」オマージュ作品を通して、デュシャンの狙い通りの結果が得られたと言える。

こう考えるとなんかすごい(語彙力)。

 

ちなみにこのトイレに貼られたキャプション、スレの中では「買いたい」と言う人もいて、国立新美術館がまだ保存しているならば、ひょっとするとなにかしらの作品として認められるかもしれない。

そうなったらちょっと面白いな。スレにいた現代アートに自信ニキによれば、日本はそういうところに弱いので多分無理だろうという話だったけど。