腐れワナビの公募メモと戯言

相崎壁際名義で新人賞に投稿しているワナビのブログ。応募するのは基本的にライトノベル系。

古い時代の書物を読むのは古人とのコミュニケーション④

aizakikabegiwa.hatenablog.com

の続き。

 

前回の最後に、他の方のブログへリンクを貼った。

parupuntenobu.hatenablog.jp

この記事中に「レアリア」というとても面白い言葉が出てくる(ここで説明するんなら前回説明しておくべきだったな……一か月以上ブログ書いてるのに今だに記事の構成が下手)。

ブログ中では「レアリア」について、

「対象国(地域)の情勢を学ぶ」

「対象国(地域)の人の文化を学ぶ」

「対象国(地域)の人の考え方を学ぶ」

この三本柱を、ある人は「レアリア」と名付けました。

と説明している。

まー元記事を読まないとちょっとわかりにくい説明になるんだけど、外国語大学は一般的に思われているように「外国語」を勉強する場所ではなく、「外国語」を前提として「レアリア」を実践する場所なのだ、ということを言っている。

外国語はあくまで手段であって、それを通じて対象国のことを学ぶのが外国語大学の目的である、ということ。

外国語を学びたいなら駅前留学でもスピードラーニングでもええやん、っていうのが外国語大学の基本的な考えっぽい。

 

さらに、そうして対象国のことを学ぶと、日本のことしか知らない人が持てない、新しい目線を持つことができる。

日本人としての「目」に加え、その対象国の考えの上に立った「目」が持てるというか。

そうした「目」から日本のことを眺めると、外国語を勉強する前にはわからなかったことが見えるようになる。

そうして複数の視点を持つことが外国語学習の最大の目的なのだ、と。

ここでは上述の「レアリア」も、新たな視点を獲得する手段になっている。

 

これを読んでなるほどなー、と思った。

俺自身も今まで外国語大学について、上述のような「外国語を勉強するところ」的なイメージを持っていたので、新しい見方が広がった。

個人的に外国語の勉強は得意じゃないんだけど、そういう「外国語が読み書き会話可能になった先」をイメージすると外国語を勉強するモチベーションが上がるし、意味合いも変わってくる。

 

で、この「レアリア」をイメージして「外国語」の読み書きを勉強する、っていうことを念頭に置いて「古文」を勉強する、ってことを考えてみる。

すると、上古平安中世近世について「レアリア」を実践するために「古文」を読めるようにする、っていうことね。

古文を読めるように勉強するのは外国語大学で外国語を勉強するのと同じ、っていうふうに考えることができる。

そう考えると、ちょっと古文が楽しくなる(かもしれない)。

 

もうちょっとだけ! もうちょっとだけ続きます。

でも次で本当に終わり。暇な人はご辛抱いただけたら嬉しい。